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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)6276号 判決

原告

森瀬甚三

原告

森瀬冨美子

右原告ら訴訟代理人弁護士

阪口春男

野田雅

今川忠

同訴訟復代理人弁護士

廣田研造

三木秀夫

被告

東豊

右訴訟代理人弁護士

峯田勝次

被告

西垣三男

右訴訟代理人弁護士

中川和男

中村真喜子

同訴訟復代理人弁護士

永田眞理

藤田正隆

被告

北斗工業エンヂニアリング株式会社

右代表者代表取締役

宮田雄治郎

右訴訟代理人弁護士

河上泰廣

御厩高志

三好邦幸

同訴訟復代理人弁護士

島津和博

主文

1  被告東豊は、原告らに対し、それぞれ一〇〇〇万円とこれに対する昭和五六年一二月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らの被告西垣三男及び被告北斗工業エンヂニアリング株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、原告らに生じた費用のうち三分の一と被告東豊に生じた費用を被告東豊の負担とし、原告らに生じたその余の費用並びに被告西垣三男及び被告北斗工業エンヂニアリングに生じた費用を原告らの負担とする。

4  この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告らに対し、それぞれ一〇〇〇万円とこれに対する昭和五六年一二月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

被告東豊(以下、「被告東」という。)は、昭和五六年一二月三日、午前零時四〇分ころ、普通貨物自動車(登録番号、京四四ら八五三〇号。以下、「加害車両」という。)を運転して大阪市北区管栄町一三番一六号先道路(大阪環状線)の東行車線を西から東方向に走行中、加害車両進路左側前方に停車中の普通乗用自動車(以下、「森瀬車両」という。)に乗車しようとしていた訴外森瀬英夫(以下「亡英夫」という。)に、加害車両左前部を衝突させ、同人を路上に撥ね飛ばした(以下、「本件事故」という。)。

亡英夫は、本件事故によつて脳挫傷、硬膜下血腫、骨盤・肋骨骨折、左血胸、肝損傷、後腹膜血腫の傷害を負い、そのため、翌日である昭和五六年一二月四日死亡するに至つた。

2  被告東の責任

亡英夫は、本件事故現場において、駐車させていた森瀬車両に乗車すべく、その後部を迂回して右前部のドアに近付くとともに、自車の右側に接近して通過していく後続車の有無を確めるため、ドア付近で一旦立ち停つて自車を背にして佇立し、顔面をやや右に向けたところ、加害車両に衝突されたものであるところ、本件現場付近の道路上、加害車両の進路の車道と北側歩道との間には、森瀬車両を含めて多数の車両が連なつて駐車しており、亡英夫と同様の体勢で駐車車両に乗車しようとする運転者がいるかもしれないことが容易に予想される状況にあつたのであるから、右駐車車両の右側を通過していく後続車両の運転者としては、左前方の駐車車両の周辺を注視するとともに、右駐車車両に乗車するためこれに接近したり、その周辺の車道上に佇立したりしている者がいることを認めたときは、このような者との衝突を避けるため、減速の上適宜進路を右寄りに変えて距離をあける等の措置をとり、もつて、本件のような衝突事故を未然に防止すべき注意義務があつたのに、被告東はこれを怠り、飲酒の上加害車両を時速約五〇キロメートルの速度(制限速度は時速四〇キロメートル。)のままで漫然と直進させ、しかも、北側歩道の飲食店の明かりに気を奪われてその方を脇見していたため、前記のような状況で森瀬車両の南側(右側)ドア付近の車道上に佇立していた亡英夫の存在に気付くことなく、森瀬車両の右側を触れるばかりの近距離で通過しようとした過失により本件事故を惹起させたものであるから民法七〇九条により後記損害を賠償する責任がある。

3  被告西垣三男の責任

被告西垣三男(以下、「被告西垣」という。)は、本件事故当時、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条により、後記損害を賠償すべき責任を負うものである。

4  被告北斗工業エンヂニアリング株式会社(以下、「被告会社」という。)

(一) 使用者責任

被告東は本件事故当時被告西垣の被用者であつたところ、後記のとおり、被告西垣は被告会社の下請業者であり、かつ両者の関係は、使用者と被用者との関係と同視しうるものであつて、しかも本件事故は、元請人たる被告会社の指揮監督関係が被告東にも及んでいる状況下で発生したものであるから、被告会社は、民法七一五条により、被告東の過失によつて生じた後記損害を賠償する責任を負うものというべきである。すなわち、被告会社は、電気・空調・衛生設備工事の請負を業とし、全国にある結婚式場玉姫殿の設備工事を主として受注していたが、受注工事の施行は、その大部分を被告西垣を含む約一〇〇社程度の下請業者に下請させ、直接自社が施行することはほとんどなかつた。一方、被告西垣は、昭和五二年頃から従業員三名程度を雇用して京丹電気商会の屋号で配線工事の請負業を営み、創業以来本件事故当時まで、被告会社から継続的に比較的小規模な配線工事を受注してきたところ、右配線工事の施工については、被告西垣はもとよりその従業員である被告東に対しても、被告会社から直接に図面や口頭で具体的な指示を与え、工事現場でも作業の仕方を監督するのが常であつた。また、被告西垣らも、被告会社のネーム入りの作業服を常時着用して、外部的にはあたかも被告会社の従業員であるかのごとく振舞つていた。さらに、本件事故当時、被告会社は被告西垣に対し、三重県津市の玉姫殿新築工事におけるコンクリート打ち前の配線工事を発注しており、本件事故前日の夕刻にも、被告西垣不在のため直接被告東に対し、翌日(本件事故当日)資材を三重県津市の右工事現場まで搬送するよう指示していたものであつて、被告東は、その指示に従い、翌朝(本件事故当日)被告西垣方に立ち寄つて資材を積み込んだうえ三重県津市の右工事現場に赴く予定で加害車両を自宅に持ち帰る途中、本件事故を惹起したのである。

なお、被告東は、被告会社から資材搬送の指示を受けた後、加害車両を運転して自宅に帰るまでの間に、飲み屋に立ち寄つて飲酒をし、そこからの帰途本件事故を発生させたものであるが、これとて、被告会社の従業員数名が、下請業者の従業員である被告東との親睦を図り爾後の業務の執行を円滑ならしめるため飲酒に誘つたことから、被告東もこれに応じて同道しただけのことである。したがつて、右飲酒の事実があるからといつて、本件事故当時被告東に対して被告会社の指揮監督関係が及んでいなかつたものということはできない。

(二) 運行供用者責任

前記4(一)の事実関係からすれば、本件事故当時、加害車両の運行について指示、制禦をし、これを支配していた者は被告会社であり、その運行の利益を得ていたのも被告会社であるというべきであるから、被告会社は本件事故当時、加害車両を自己のために運行の用に供していたものであつて、自賠法三条により、後記損害を賠償すべき責任を負うものである。

5  損害

(亡英夫の損害)

(一) 逸失利益

亡英夫は、本件事故当時、三七歳の健康な男子で、訴外モリセ株式会社(以下、「訴外会社」という。)に勤務し、年間七二〇万円の給与を得ていたものであるから、本件事故に遭わなかつたならば、就労可能な六七歳に至るまで三〇年間にわたり、毎年七二〇万円の収入を得ることができたはずである。したがつて、亡英夫が本件事故によつて失うことになる収入総額から、三〇パーセントの割合による同人の生活費を控除したうえ、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除した同人の逸失利益の本件事故当時の現価は、九〇八六万七六七二円である。

7,200,000×(1−0.3)×18.0293=90,867,672(円)

(二) 慰藉料

亡英夫は、本件事故により、三七歳という働き盛りの若さで死亡するに至つたものであつて、その他諸般の事情からすれば、同人が被つた多大の精神的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額としては、四〇〇万円が相当である。

(原告ら固有の損害)

(三) 葬儀費用

原告森瀬甚三(以下、「原告甚三」という。)は、亡英夫の葬儀を執り行い、その費用として七〇万円を支出した。

(四) 慰藉料

原告甚三は亡英夫の父、同森瀬冨美子(以下、「原告冨美子」という。)はその母であり、亡英夫は、原告らの一人息子である。原告甚三はその創業にかかる訴外会社を経営していたものであるが、高齢のため同原告に代わつて亡英夫がこれを承継し、その経営一切を切り回していたものであつて原告らが亡英夫を失つたことによつて被つた精神的苦痛は筆舌に尽くし難く、これを慰藉するに足りる慰藉料の額としては、各四〇〇万円が相当というべきである。

(五) 弁護士費用

原告らは、いずれも本訴の提起及び遂行を原告ら訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として各一〇〇万円を支払うことを約した。

6  権利の承継

(一) 相続

亡英夫死亡当時、その相続人は同人の子である訴外森瀬美和子及び同森瀬洋一(以下、「訴外美和子」「訴外洋一」という。)の二名であつたが、右両名の親権者宇野久美子は、昭和五七年六月一日右両名のために、奈良家庭裁判所に右両名の相続放棄の申述をし、その申述は右同日受理された。

したがつて、亡英夫の直系尊属である原告らは、亡英夫の被告らに対する前記5の(一)及び(二)の損害賠償債権(以下、「本件相続債権」という。)を各二分の一の割合で相続により取得することになつた。

(二) 債権譲渡

仮に右相続放棄が無効であるとすれば、本件相続債権は訴外美和子及び同洋一において各二分の一の割合で相続したものというべきところ、右両名の親権者である訴外宇野久美子は昭和六〇年一二月六日、右相続債権を原告らに譲渡した。

7  損害の填補

原告らは、本件事故に関し、いずれも自動車損害賠償責任保険(以下、「自賠責保険」という。)から、各一〇〇〇万円の保険金の支払を受けた。

よつて、被告東に対しては民法七〇九条に基づき、被告西垣に対しては自賠法三条に基づき被告会社に対しては自賠法三条又は民法七一五条に基づき原告甚三は、本件相続債権の二分の一に前記5の(三)ないし(五)を加えた五三一三万三八三六円から前記7の既払額一〇〇〇万円を控除した四三一三万三八三六円のうち一〇〇〇万円の、原告冨美子は、本件相続債権の二分の一に前記5の(四)及び(五)を加えた五二四三万三八三六円から前記7の既払額一〇〇〇万円を控除した四二四三万三八三六円のうち一〇〇〇万円の各損害賠償金及びこれに対する本件事故の日である昭和五六年一二月三日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告東

(一) 請求原因1の事実中、亡英夫の受傷の内容については知らないが、その余の事実は認める。

(二) 同2の事実中、被告東の飲酒の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

亡英夫は、加害車両が接近しているのに全く気付かないまま、北側歩道から森瀬車両の前部を迂回して加害車両の進路上の車道に突然出てきて運転席のドアを開けるために同車両の南側(右側)を東から西に向かつて歩行中、加害車両左前部と正面衝突したものである。本件事故の態様が右のとおりであるとすれば、深夜、照明も十分でなかつた本件事故現場付近の直前から森瀬車両に接近しながら走行してきた車両の運転者が、自車の進路上に出てくる前に亡英夫を発見することは極めて困難であり、そのようなことを事前に予測することもできなかつたというべきであり、また、自車の進路上に亡英夫を発見したときは、既に同人との距離が近接しすぎていたため、これとの衝突を避けることは不可能であつたといわざるをえないから、本件事故に関して被告東には何らの過失もないというべきである。

(三) 同5の事実のうち、亡英夫が本件事故当時訴外会社に勤務していたことは認めるが、その余は否認する。なお、同人の逸失利益に関する被告東の主張は、後記被告西垣の請求原因に対する認否(三)のとおりである。

(四) 同6の(一)のうち、訴外美和子及び同洋一が亡英夫の相続人(子)であつたこと、原告らが亡英夫の父母であること、原告ら主張のような相続放棄の申述がなされ、これが受理されたことは認める。しかしながら、宇野久美子が訴外美和子の法定代理人としてした相続放棄の申述は、亡英夫の死亡を知つた時より三か月を経過した後になされたものであるから無効である(なお、訴外洋一の法定代理人としてなされた相続放棄の申述は、洋一の親権者であつた亡英夫の死亡後、その法定代理人が欠けていたところ、昭和五七年五月二日に宇野久美子を洋一の親権者とする旨の裁判があり、かつ、それより三か月以内になされたものであるから、これをもつて無効とすることはできない。)。そうすると、本件相続債権はすべて亡英夫の直系卑属である訴外美和子が相続することとなつたものであつて、亡英夫の直系尊属である原告らが本件相続債権を相続する余地はないものというべきである。

(五) 同6の(二)の事実は否認する。

(六) 同7の事実は認める。

2  被告西垣

(一) 請求原因1の事実中、亡英夫受傷の点は知らないが、その余の事実は認める。

(二) 同3の事実のうち、被告西垣が本件事故当時、加害車両を所有していたことは認める。

(三) 同5の事実のうち、亡英夫が本件事故当時訴外会社に勤務していたことは認めるが、その余は否認する。亡英夫の本件事故当時の年収が七二〇万円であつたようなことはない。右金額は訴外会社の所得税の確定申告に際して申告された金額のようであるが、亡英夫が勤務していた訴外会社は、原告甚三が代表取締役で、亡英夫が専務取締役という小規模な同族会社であつて、このような形態の会社にあつては、税務申告上の数字は必ずしも実際の数字と符合しないのが通例であるから、右確定申告に際して申告された亡英夫の年収が右のとおりであるからといつて、亡英夫がそのとおりの収入を現実に得ていたものということはできない。また、英夫は、昭和五五年七月には、妻子と別居して独りで暮らしており、その後昭和五六年一一月二五日には正式に離婚の届出をしているのであるから、同人の生活費が収入に占める割合が三割ということはありえず、社会通念上もこれを五割とみるのが相当である。

(四) 同6及び7に対する認否は、被告東の認否のとおりである。

3  被告会社

(一) 請求原因1の事実のうち、原告ら主張の日時場所において加害車両と亡英夫が衝突する事故が発生したことは認めるが、事故の態様や亡英夫の受傷の事実は知らない。

(二) 同2に対する認否は、被告東の認否のとおりである。

(三) 同4の(一)の事実中、被告西垣が京丹電気商会の屋号で配電工事の請負業を営み、本件事故当時被告東を雇用していたこと、被告西垣が被告会社の下請業者であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告会社にとつて被告西垣は、取引関係にある約一〇〇社にものぼる下請業者のうちの一業者にすぎず、一方、被告西垣にとつても被告会社は、常時仕事の発注を受けている数社の元請業者のうちの一社にすぎないのであつて(被告西垣の受注工事のうちせいぜい五分の一程度のものが被告会社から発注されたものである)、しかも両者の間には何ら資本的なつながりはなく、親子会社に類するような密接な専属的関係なども存在しない。被告西垣が被告会社から下請した配電工事についても、被告会社は通常の請負契約における注文者のする指示以上の指示を与えておらず、直接現場で工事を監督するようなこともなかつたのであつて、被告会社の業務執行上の指揮監督が下請業者の被用者である被告東にも及んでいたようなことは全くない。のみならず、仮に本件事故当時、被告会社が被告西垣に対し原告主張のような三重県津市での工事を発注し、加害車両がその資材搬送のために用いられる予定であつたとしても、本件事故は、被告東が帰宅途中飲み屋に立ち寄つて飲酒のうえ、深夜、加害車両を運転して自宅へ帰る際に発生させたものであつて、被告会社の業務とは全く関係のないものであるから、その際にまで被告会社の指揮監督が同被告に及んでいたようなこともありえない。

(四) 同5の事実のうち亡英夫が訴外会社に勤務していたことは認めるが、その余は否認する。

亡英夫が本件事故当時勤務していた訴外会社は、従業員一〇名程度の小規模な同族会社であつて、このような会社においては、取締役に支払われる給与の額はいわばお手盛りで決められることが多いうえ、同社の営業実績によつても大きく左右される性質のものであるから、仮に本件事故当時、亡英夫に対して年間七二〇万円の給与が支給されていたとしても、これが将来も引続き減額されることなく支給される蓋然性はきわめて乏しい。また、亡英夫の給与中には、訴外会社の営業費(経費)ともいうべき交際費が相当額含まれていたのであるから右給与の額の全額を亡英夫個人の収入とみることはできない。なお、亡英夫は、本件事故当時独り暮らしの独身男性であつたのであるからその生活費が収入に占める割合も五割とみるべきものである。

(五) 同6及び7に対する認否は、被告東の認否と同じである。

三  抗弁

1  被告東

(一) 過失相殺

本件事故発生前後の状況は、請求原因に対する認否1(被告東)の(二)に記載のとおりであつて、このような事実関係に照らせば、本件事故が発生するについては、亡英夫にも過失があつたというべきであるから、損害額の算定に際して右過失を斟酌し、相当の減額がなされるべきである。

(二) 消滅時効(債権譲渡の請求原因に対する抗弁)

訴外美和子の親権者訴外宇野久美子は、遅くとも昭和五六年一二月一六日には、本件事故による損害及びその加害者(加害車両の運転者が被告東であること)を知つたものであるが、その時点より既に三年が経過したので、被告東は、本訴において消滅時効を援用する。

そうすると、訴外美和子が亡英夫から相続した本件相続債権は、右起算日に遡つて消滅するにいたつたものであり、したがつて、訴外美和子から原告らへの右相続債権の債権譲渡も、その対象を欠くものとして、なんら効力を生じないものというべきである。

2  被告西垣

(一) 過失相殺

抗弁1の(一)のとおりである。

(二) 消滅時効(前同)

訴外美和子の親権者訴外宇野久美子は、遅くとも昭和五七年三月二日には、本件事故による損害及び右事故を生ぜしめた加害車両の保有者が被告西垣であることを知つたものである。すなわち、原告甚三は、昭和五六年一二月一三日頃被告東の妻百合子から、直接の加害者である被告東が被告西垣の被用者で、本件加害車両も同被告の所有であること、被告東が加害車両を被告西垣の業務のために使用していたことを聞かされてその事実を知るとともに、昭和五七年三月二日、訴外美和子及び洋一の代理人として、加害車両の自賠責保険の保険者である訴外同和火災海上保険株式会社に対し、自賠責保険金の被害者請求の手続をしたが、これに先立ち、訴外美和子の親権者である訴外宇野久美子にその事情を説明して同人から右請求に必要な委任状の交付を受けたものである。したがつて訴外宇野久美子としては、右委任に際しての原告甚三からの説明により、本件事故の加害車両の保有者が被告西垣であることを知つたものというべきである。

そして、右昭和五七年三月二日から既に三年が経過しているので、被告西垣は、本訴において消滅時効を援用する。そうすると、原告ら主張の債権譲渡が無効となることは前記のとおりである。

3  被告会社

(一) 免責(自賠法三条但書)

本件事故発生前後の状況は請求原因に対する認否1(被告東)の(二)に記載のとおりであつて、このような事実関係に照らせば、本件事故は、被害者たる亡英夫の一方的過失によつて発生したものであつて、加害車両の運転者被告東には何らの過失もなかつたというべきである。

(二) 過失相殺

抗弁1の(一)のとおりである。

(三) 消滅時効(前同)

訴外美和子の親権者宇野久美子は、遅くとも昭和五七年二月末までには、原告甚三を通じ被告東の勤務状況や仕事の内容、ひいては被告会社と被告東との間の関係を知らされ、また、本件事故発生に至る経緯も聞知していたものであり、本件事故の責任が被告会社にもあることを認識するに至つていたものであるところ、その時点から既に三年が経過しているので、被告会社は、本訴において消滅時効を援用する。そうすると、前記のとおり原告ら主張の債権譲渡は無効である。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1の(一)の事実は否認する。

(二)  同1の(二)の事実は認める。

2(一)  抗弁2の(一)の事実は否認する。

(二)  同2の(二)の事実のうち、原告甚三が被告西垣主張の頃に加害車両の自賠責保険の保険者である訴外同和火災海上保険株式会社に対し、自賠責保険金の被害者請求手続をしたこと、その際、訴外宇野久美子が右被害者請求手続に必要な委任状を原告甚三に交付したことはいずれも認めるが、その余の点は否認する。原告甚三が被告東の妻から同被告が零細な電気屋に勤務していることを聞かされたことはあるが、その電気屋が被告西垣であることや加害車両が同被告の所有であることなどは聞いていない。また、訴外宇野久美子は、右委任状を交付した際、原告甚三らに言われるままに、委任状に署名・押印しただけであつて、詳しい事情は何も聞いていない。訴外久美子が被告西垣のことを原告甚三から聞いたのは、本訴提起(昭和五八年九月一三日)の直前のことである。

3  抗弁3の各事実は、いずれも否認する。原告甚三が被告会社の名を知つたのは、訴訟提起準備のため取り寄せた刑事記録によつてであり、その時期は、本訴提起の数か月前のことにすぎず、訴外久美子が被告会社のことを原告甚三から聞いたのも本訴提起直前のことである。

五  再抗弁(時効の中断)

被告東は、本件事故による懲役刑の服役を終えた後、昭和五八年九月一四日ころまでの間数回にわたり、訴外美和子に対する本件事故に基づく損害賠償債務の履行として一二万円を支払い、もつて右損害賠償債務を承認したものであるから、これにより、被告ら主張の消滅時効は中断したというべきである。

六  再抗弁に対する被告東の認否

否認する。被告東が原告ら主張のころに、数回にわたつて原告甚三の預金口座に振込みをしたことはあるけれども、これは、原告甚三に対する見舞金にすぎないものであつて、訴外美和子に対する損害賠償債務の一部弁済としてなされたものではない。当時訴外美和子は、その効力の点はともかく、既に相続放棄の申述をしていたのであるから、同人に本件相続債権が帰属していることなど誰も考えてはいなかつたのである。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一原告らの被告会社に対する請求について

一請求原因1の事実中、原告ら主張の日時、場所において、加害車両と亡英夫が衝突する事故が発生しそのため亡英夫が事故の翌日死亡したことは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉によれば、右事故の態様は請求原因1のとおりであり、これによつて亡英夫が脳挫傷、硬膜下血腫、骨盤骨折、肋骨骨折、左血胸、肝損傷、後腹膜血腫(回盲部後腹膜損傷)の傷害を受けたことが認められる。

二被告会社の責任

原告らは、被告東の過失によつて生じた損害については、被告会社もまた、民法七一五条又は自賠法三条に基づいてこれを賠償すべき責任があると主張し、被告会社はこれを争うので、以下この点について検討する。

1  請求原因4の(一)の事実中、被告西垣が京丹電気商会の屋号で配電工事の請負業を営み、本件事故当時被告東を雇用していたこと、被告西垣が被告会社の下請業者であつたことはいずれも当事者間に争いがない。

2  そこで、原告ら主張のように、本件事故当時、元請負人である被告会社と下請負人である被告西垣との関係が、使用者と被用者との関係と同視しうるようなものであつたかどうかについて判断するに、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告会社は、全国に存在する結婚式場「玉姫殿」の設備(空調・衛生施設)工事の請負を主たる業務内容とする会社であるが、その受注工事の大部分は自ら施行せず、多数の下請業者に下請負させてきた。被告西垣(京丹電気商会)もそのような下請負業者の一人であつて昭和五二年ころ以降、主として請負金額一〇万円程度の小規模な配線工事を被告会社から下請してきた。

(二) しかし、被告西垣は、被告会社からの仕事のみを専属的に下請してきたわけではなく、被告西垣の受注する全工事のうち被告会社からの分の占める割合は二割程度で、本件事故当時も、被告会社のほか、ダイヤ工房株式会社、大和照明株式会社、天満電気等からも配電工事の注文を受けていた。本件事故前日も、ダイヤ工房株式会社から下請した「みゆき食堂」での配線工事や大和照明株式会社から下請した電球の取り替え工事を被告東が担当して施行していた。なお、被告会社と被告西垣との間には、資本面や役員構成の点でもなんらの関連もなかつた。

以上の認定事実によれば、被告会社と被告西垣との関係が使用者と被用者との関係と同視しうるようなものであつたと認めることはできないというよりほかない。

のみならず、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告東は、本件事故の前日の夕刻、出張中の被告西垣に代つて直接被告会社から下請工事に関する指示を受けるため、当時大阪市北区にあつた大阪玉姫会館新築工事現場の被告会社の工事事務所を訪れたが、その際、被告会社工事部の松田信男課長から、被告西垣が被告会社より受注する予定の三重県津市所在の玉姫殿新築工事現場での配線工事につき、翌日(本件事故当日)右新築工事現場に配線工事用の資材を搬入しておくようにとの指示を受けた。

(二) そこで被告東は、翌朝京都市内にある被告西垣方に立ち寄つて必要な資材を加害車両に積み込んだ上、三重県津市の工事現場へ赴くこととし、そのまま帰宅しようとしたが、たまたま、その際、被告会社が請負つている大阪玉姫会館の水道・空調配管工事が終了してこれに携つていた被告会社の従業員数名がその慰労の趣旨で近くの飲み屋で飲酒する話になつており、日頃から顔見知りの被告東にもこれに付き合うようにとの誘いがかかつたことから、被告東もこれに応じて右従業員らに同道することとなつた。

(三) このようにして被告東は、乗つてきていた加害車両を右工事事務所付近の路上に駐車させておいたまま同日午後七時ころから翌日(本件事故当日)午前零時ころまで大阪市内の飲み屋を飲み歩き、かなりの量の酒類を飲んで酒酔状態となつたが、そのままタクシーで帰宅すると、早朝に再び加害車両を取りに右工事事務所まで戻つてこなければならないことになることから、それを嫌つて結局、被告会社の従業員泉徳久とともに一旦タクシーで右工事事務所まで帰つた上、加害車両を運転して自宅まで帰る途中、本件事故を惹き起すに至つた。

以上の事実が認められ、証人松田信男の証言中、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠は見当たらない。

右認定事実によれば、本件事故は、被告西垣の下請工事に直接関連して生じたものではなくて、元請負人である被告会社の指揮監督関係が直接にも間接にも下請負人の被用者である被告東に及んでいなかつた場合に生じたものであり、したがつてまた、その際、被告会社の加害車両に対する運行支配もなかつたものといわなければならない。

そうすると、被告会社は、本件事故につき、民法七一五条に基づいても、また自賠法三条に基づいても何らの責任をも負わないものというべきである。

第二原告らの被告東及び同西垣に対する請求について

一本件事故が発生したこと及び亡英夫が本件事故により事故の翌日に死亡したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、亡英夫は、本件事故により脳挫傷、硬膜下血腫、骨盤骨折、肋骨骨折、左血胸、肝損傷、後腹膜血腫(回盲部後腹膜損傷)の傷害を受けたことが認められる。

二被告東及び同西垣の責任

請求原因3の事実(本件事故当時、被告西垣が加害車両の所有者であつたこと)は当事者間に争いのないところ、〈証拠〉によれば、次のとおりの事実を認めることができる。

1  被告東は、加害車両を運転し、片側三車線の事故現場道路の東行車線のうち中央の通行区分帯(その幅員は三・二メートル、以下、「第二区分帯」という。)を西から東に向かつて時速約五〇キロメートルの速度で進行していたところ、右道路は直線道路であるうえ、水銀灯や東行車線の北側に立ち並ぶ飲食店の灯火等で照らされていたため、本件事故発生時の事故現場付近の東行車線の前方の見通しは良好であつた。

2  本件事故当時、現場付近の東行車線の北側歩道に接する通行区分帯(その幅員は二・一メートル、以下、「第一区分帯」という。)には、六台の普通乗用自動車が並んで駐車していたところ(森瀬車両はその六台のうち東側から三台目であつた。)、被告東は、事故現場にさしかかつた際、これらの駐車車両を認めたものの、右六台の駐車車両のうち最も西側に駐車していた車両の右側方(衝突地点の約二四メートル手前)を通過するころから、東行車線の北側にあつたうどん屋の赤いちようちんの光に気をとられてその方を脇見していたため、衝突地点(森瀬車両の右前部ドア付近)の手前約九・四メートルの至近距離に接近して再び視線を進路前方に戻すまで亡英夫の人影を発見することができず、その時点でようやく同人の姿を認めはしたが時すでに遅く、急制動の措置をとることもできないまま、加害車両前部左角付近を亡英夫の身体に衝突させた。

3  亡英夫は、第一区分帯に接する北側歩道の植込みの切れ目から第一区分帯へ出たうえ、森瀬車両の後方(西側)を回つて車体の右側沿いに運転席のある右前部ドアの方に向つて歩いていた際に本件事故に遭つたものであるが、森瀬車両の駐車位置は、右側の前後車輪が第一区分帯と第二区分帯とを分ける区分線上を踏むような状態であつて他の五台の駐車車両よりもわずかに車体の右側面が第二区分帯側にはみ出していた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するような証拠は存しない。

右認定事実に照らせば、本件事故現場においては、駐車車両に搭乗するため北側歩道から第二区分帯と第一区分帯とを分ける区分線上付近に人が歩いて出てくるかもしれないことは容易に予測することができる状況にあつたというべきであるから、第二区分帯を走行し右駐車車両の右側(南側)を通過しようとする車両の運転者としては、前方の駐車車両付近を注視し、駐車車両の付近に人影を発見したときには、自車の進路を右寄りに変更し駐車車両との間隔を十分に取つてその右側方を通過するとか、警報器によつて自車の接近を知らせ、あるいは、自車を停車させるなどして本件のような衝突事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのに、被告東はこれを怠り、脇見をしていたため衝突寸前まで亡英夫が北側歩道から車道に歩いて出てきているのに気付かず、右のような措置をとることができなかつた過失によつて本件事故を惹起させたものといわなければならない。

そうすると、被告東は民法七〇九条に基づき、被告西垣は自賠法三条に基づいて、それぞれ後記損害を賠償する責任を負うに至つたものというべきである。

三損害

(亡英夫の損害)

1 逸失利益

亡英夫が本件事故当時訴外会社に勤務していたことは当事者間に争いのないところ、〈証拠〉によれば、亡英夫は、本件事故当時三七歳の健康な男子で、原告甚三が創業した訴外会社に取締役として勤務し、毎月六〇万円の給与の支給を受けていたこと、訴外会社は、原告両名、亡英夫及び少数の親戚が役員兼株主となつているいわゆる同族会社で、繊維製品の卸売りを業としていたところ、昭和五五年一二月一日から同五六年一一月三一日に至る営業年度の売上高は約八億四三五〇万円であつて、亡英夫は、高齢の原告甚三に代わり、訴外会社の仕入れ・販売・企画等一切の営業を切り回していたこと、なお、亡英夫は、本件事故の直前である昭和五六年一一月二五日に妻宇野久美子と離婚し、同女との間にもうけた二人の子供も同女が引き取つていたため、事故当時は生駒市内のマンションにおいて独り暮らしをしていたことがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、他に特段の事情の認められない本件の場合、亡英夫は、本件事故に遭わなければ、六七歳までの三〇年間にわたつて就労が可能であり、その間月額六〇万円相当の収入を得ることができたものと推認するのが相当であるから、亡英夫が右の期間に失うことになる収入総額から、同人の生活費(右認定の諸般の事情から、収入の五〇パーセントがこれに充てられるものと推認すべきである。)を控除するとともに、ホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除して、本件事故当時におけるその逸失利益の現価を算出すると、六四九〇万五四八〇円となる。

600,000×12×(1−0.5)×18.0293=64,905,480円

2 慰藉料

〈証拠〉によれば、被告東は、本件事故を起こした後、被害者である亡英夫に対し何らの救護の措置もとらないでそのまま現場から逃走し、事故によつて破損した加害車両のフロントガラスを修理するなどして自己が加害者であることを隠蔽しようと図つたことが認められるところ、このような事情やその他本件において認められる諸般の事情を斟酌すれば、亡英夫が本件事故によつて受けた精神的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は九〇〇万円と認めるのが相当である。

(原告ら固有の損害)

3 葬儀費用

原告甚三本人尋問の結果によれば、原告甚三は亡英夫の葬儀を執り行ない、そのため相当の費用を支出したことが認められるところ、その葬儀費用のうち五〇万円が本件事故と相当因果関係に立つ損害というべきである。

4 慰藉料

原告甚三が亡英夫の父、同冨美子が亡英夫の母であることは当事者間に争いのないところ、〈証拠〉によれば、原告らはいずれも本件事故により亡英夫を失つて深甚な精神的苦痛を受けたことが認められ、本件事故の態様その他本件において認められる諸般の事情を斟酌すれば、原告らの受けた精神的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は各二〇〇万円と認めるのが相当である。

5 弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らが、本訴の提起及び追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬の支払を約したことが認められるところ本件事案の内容、審理経過、認容額等の諸事情に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として原告らが賠償を求め得る弁護士費用の額は、各一〇〇万円と認めるのが相当である。

四本件相続債権の承継

1  相続による承継

原告らは、亡英夫の被告東及び同西垣に対する前記三の1及び2の損害賠償債権(本件相続債権)を相続によつて取得したと主張し、右被告両名はこれを争うので、まずこの点について判断するに、訴外美和子及び同洋一の両名が亡英夫の相続人(子)であつたこと、原告らが亡英夫の父母であること、右両名の親権者訴外宇野久美子が昭和五七年六月一日、奈良家庭裁判所に両名の相続放棄の申述をし、これが受理されたことはいずれも当事者間に争いがない。

しかしながら、〈証拠〉によれば、訴外宇野久美子は、昭和四七年七月一一日亡英夫と婚姻し、同四九年六月一三日に長女訴外美和子を、同五〇年七月一八日に長男訴外洋一をもうけたが、右両名は、昭和五六年一一月二五日に協議離婚したこと、その際の協議により、訴外美和子の親権者は訴外宇野久美子とし、訴外洋一の親権者は亡英夫とする旨定められたこと、訴外宇野久美子は、亡英夫が本件事故により死亡した当日である昭和五六年一二月四日にその事実を知り、訴外美和子及び洋一について相続が開始したことを知つたこと、亡英夫死亡後暫くの間は、訴外洋一には法定代理人が存在しない状態が続いていたが、昭和五七年五月二日、訴外洋一の親権者を訴外宇野久美子に変更する旨の裁判が確定したことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実に照らせば、訴外宇野久美子が訴外洋一の法定代理人としてした前記相続放棄の申述は、右久美子が、訴外洋一の法定代理人としての立場で洋一のために相続の開始があつたことを知つた時から民法九一五条一項に定める三か月の熟慮期間が経過する前になされたものというべきであるが、訴外美和子の法定代理人としての申述は、右三か月の熟慮期間経過後になされたものであることが明らかであり、相続放棄の実体的要件を欠くものとしてその効力を生じないものといわなければならない。もつとも、右相続放棄の申述が家庭裁判所によつて受理されていることは前記のとおりであるけれども、相続放棄の申述の受理は、審判ではあつても、適式な申述がなされたことを公証する実質のものにすぎず、実体上無効な相続放棄を有効ならしめるような効力を有するものではないから、右のとおり本件相続放棄の申述が受理されているからといつて、これが有効な相続放棄となるものでないことはいうまでもない。

そうすると、原告ら主張の本件相続債権は、亡英夫の直系卑属である訴外美和子においてこれを単独相続したものというべきであつて、亡英夫の直系尊属である原告らがこれを相続によつて取得する余地はないものといわなければならない。

2  債権譲渡による承継

〈証拠〉によれば、請求原因6(二)の事実(債権譲渡)を認めることができる。

しかしながら、被告らは、右債権譲渡の対象とされる本件相続債権は、時効によつて消滅したものであるから、その点において右債権譲渡は無効であると主張するので、さらにこの点について判断する。

まず、被告東に対する本件相続債権について考えるに、訴外美和子の親権者宇野久美子において亡英夫が本件事故によつて死亡した事実を知つたのが昭和五六年一二月四日であつたことは前記のとおりであり、また加害車両の運転者が被告東であることを右宇野久美子において知つたのが同月一六日であつたことは当事者間に争いのないところであるから、訴外美和子の被告東に対する本件相続債権の消滅時効の起算日は右昭和五六年一二月一六日というべきところ、これより既に三年が経過したことは顕著な事実である。

そこで、再抗弁(承認による時効の中断)について検討するに、〈証拠〉によれば、被告東は、本件事故のために処せられた懲役刑の服役を終えた後、原告甚三方を訪れて本件事故による損害の賠償方を申入れるとともに、昭和五八年六月二三日、同年七月一九日、同年八月二三日、同年九月一四日の四回にわたり、各三万円宛を原告甚三の普通預金口座に振込入金したことが認められる。

ところで、消滅時効中断の事由である債務の承認は、その相手方たる債権者またはその代理人に対してなされなければならないのが原則であり、それ以外の第三者に対して債務の一部弁済をしても、これをもつて時効中断事由である債務の承認をしたものということができないのが通例であるところ、被告東による右振込入金当時、客観的には訴外美和子がその権利者であつて、原告甚三がその権利者でなかつたことは前記のとおりであり、また、同原告が訴外美和子の代理人であつたとの点についてはその主張も立証もないから、右振込入金による一部弁済(承認)は権利者またはその代理人以外の第三者に対するものとして、時効中断事由たる債務承認としての効力を生じないものといわざるをえないかのごとくである。

しかしながら、右振込入金当時、前記相続放棄の申述がすでに受理されていたことから、関係当事者全員が、右相続放棄の結果、訴外美和子らは本件相続債権の債権者たる地位を失い、原告らがこれを取得してその権利者となつたと思い込んでいたものと推認することができるのであつて、このような状況の下においてなされた右振込入金による一部弁済は、たとえ客観的には権利者またはその代理人でない者に対してなされたものではあつても、時効中断事由たる承認に当たるものと解するのが相当というべきである。けだし、債務の承認が消滅時効の中断事由とされるのは、債務者が自ら相手方の権利を認める以上、権利者も債務者が後日その権利を否定するようなことはないものと信じて、直ちに積極的に権利行使に及ばないのが人情であり、したがつてその権利不行使をもつて権利の上に眠る者として時効によつてこれを消滅させるのは酷であること、また、債務者自らが権利の存在を認めていることは、現実にその権利が疑問の余地なく存在していることの何よりの証拠であること、がその根拠であるが、本件の場合、相続放棄によつて本件相続債権を失つたものと思つている訴外美和子(またはその法定代理人宇野久美子)が自らその権利を行使するようなことは、債務者の承認の有無にかかわらず、もともと期待しえなかつたところであつて、債務者の承認が債権者の権利不行使の機縁となる余地はなかつたのであり、また、債務者である被告東が債権者と信じ、自らも債権者と思い込んでいる原告甚三に対し一部弁済して債務を承認しているのであるから、その承認は、現実に権利が疑問の余地なく存在していることの何よりの証拠であるということができるからである。

そうすると、訴外美和子の被告東に対する本件相続債権の消滅時効は、右振込入金(一部弁済)により中断されたものであつて、前記債権譲渡により同債権は有効に原告らに移転したものというべきである。

次に被告西垣に対する本件相続債権について検討するに、原告甚三が昭和五六年一二月頃被告東の妻と面談し、その際同被告の勤務先のことが話題になつたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告甚三が、その頃警察署で身柄を勾留されていた被告東と面談したことがあること、原告甚三は、昭和五七年一月、被告東との示談状況等についての大阪地方検察庁から宇野久美子宛の照会に対し、加害者の親や勤務先の責任者からも何らの音沙汰もなく、自賠責保険金請求の手続もしてくれないので、やむなく自らその手続をする旨回答したことが認められるところ、その後昭和五七年三月二日に至つて原告甚三が、加害車両についての自賠責保険の保険者たる同和火災海上保険株式会社に対し、自賠責保険の被害者請求の手続をとつたこと、その際訴外美和子の親権者宇野久美子が右被害者請求の手続を原告甚三に委任する旨の委任状を作成して原告甚三に交付したことはいずれも当事者間に争いがない。

以上の事実関係並びに原告甚三と訴外宇野久美子との身分関係等に照らせば、訴外宇野久美子は、遅くとも右被害者請求のなされた昭和五七年三月二日までには、本件事故が被告東の勤務先である被告西垣所有の加害車両によつて惹き起こされたものであり、被告西垣にも本件事故について責任があることを認識するに至つていたものと推認するのが相当であり、したがつて、訴外美和子の被告西垣に対する本件相続債権の消滅時効の起算日は、昭和五七年三月二日というべきである。

しかるに、右起算日から既に三年が経過したことは顕著な事実であり、しかも時効の中断事由については何らの主張も立証もないから、訴外美和子の被告西垣に対する本件相続債権は、右起算日に遡つて時効により消滅したものといわざるをえない。そうすると、訴外美和子から原告らへの同債権の債権譲渡は、その対象を欠くものであつてなんら効力を生じないものといわなければならない。

五過失相殺

前記認定の本件事故の態様に照らせば、亡英夫が深夜幹線道路の第一区分帯に駐車中の自車の右側(南側)運転席ドアからこれに搭乗するには、車両が西側から進行してくる第二区分帯の車道に出て行かなければならない状況にあつたのであるから、亡英夫としては、右車道に出て行く際に、第二区分帯を西から東に向かつて走行し森瀬車両の右側方を通過しようとする車両の有無を確かめ、そのような車両が接近していることを認めたときはこれをやりすごすか、あるいは、車道に出ないで歩道側の助手席ドアから搭乗するなどの方法をとることにより、右車道上を走行してくる車両との衝突・接触事故を避けるべきであつたといわなければならないところ、亡英夫がこのような方法をとることなく、慢然と第二区分帯の車道上に出ていつたことは前記のとおりであるからこの点において、本件事故が発生するについて被害者である亡英夫にも落度があつたことは否定することができない。

したがつて、損害額の算定に際しては、被害者の右過失を斟酌して、前記三の1ないし4の損害額から一割を減額するのが相当というべきである。

六損害の填補

請求原因7の事実は、当事者間に争いがない。

第三結論

以上の次第で、被告東は、民法七〇九条に基づき、原告甚三に対し、本件相続債権七三九〇万五四八〇円の二分の一に前記第二の三の3及び4を加えた三九四五万二七四〇円よりその一割を減じた額から前記第二の六の一〇〇〇万円を控除しこれに前記第二の三の5の弁護士費用を加えた二六五〇万七四六六円の損害賠償金、原告冨美子に対し、本件相続債権の二分の一に前記第二の三の4を加えた三八九五万二七四〇円よりその一割を減じた額から前記第二の六の一〇〇〇万円を控除しこれに前記第二の三の5の弁護士費用を加えた二六〇五万七四六六円の損害賠償金並びにこれに対する本件事故の日である昭和五六年一二月三日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務があり、その内金一〇〇〇万円とこれに対する遅延損害金の支払を求める原告らの被告東に対する本訴請求は正当であるからこれを認容し、原告らの被告西垣及び被告会社に対する請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤原弘道 裁判官山下満 裁判官橋詰 均)

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